東京高等裁判所 平成11年(ネ)5702号 判決 2000年3月23日
控訴人
原田厚子
控訴人
三木康弘
右両名訴訟代理人弁護士
斎藤浩二
被控訴人
阿部泰子
右訴訟代理人弁護士
菊地裕太郎
同
玉木雅浩
同
鈴木大祐
同
北原潤子
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
二 被控訴人
控訴棄却
第二 事案の概要
一 本件は、控訴人原田厚子(控訴人原田)に対し原判決別紙物件目録記載の建物(本件建物)を賃貸していた被控訴人が、土地の有効利用、本件建物の老朽化による建替えの必要性等の事由があり、賃貸借契約の解約の申入れをしたと主張して、控訴人原田に対しては、賃貸借契約の終了に基づき、控訴人原田と同居し本件建物を占有している控訴人三木康弘(控訴人三木)に対しては、本件建物の所有権に基づき、本件建物の明渡し及び賃貸借契約終了の日の後である平成一〇年六月一日からの賃料相当損害金の連帯支払を求めた事案である。原判決は、被控訴人の控訴人原田に対する請求を、二〇〇万円の支払を受けるのと引換えの本件建物の明渡し及び平成一一年八月一日からの賃料相当損害金(一部は賃料)の支払の限度で、控訴人三木に対する請求を、本件建物の明渡し及び右と同じ賃料相当損害金の支払の限度でいずれも認容したので、これに対して控訴人らが不服を申し立てたものである。
二 右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人らの当審における主張)
原判決は、被控訴人の解約の申入れに正当事由があるとしたが、これは、個々の事実を誤認し、判断を誤ったものである。
本件建物を含む共同住宅(本件共同住宅)は、建築後年数は経っているが、建物の主要部分である屋根、壁、柱、土台の腐朽破損が激しいというわけではなく、老朽化が進んでいるとはいえない。したがって、有効利用の必要性の程度が高いとはいえない。
本件共同住宅に隣接するアパートにはいまだに三世帯が居住しており、居住者は明け渡すつもりはないと断言している。したがって、被控訴人が有するマンション計画が熟しているとはいえない。また、現在の赤坂周辺ではマンションは供給過多の状態にあるから、マンションに改築することが土地の有効利用になるともいえない。
控訴人三木は、八二歳の老齢で身体障害者三級である。そのうえ、かつて北朝鮮破壊工作員の逮捕・起訴に協力したことがあるため身辺の安全の確保を警察に頼らざるをえない状態にある。したがって、他への転居は、控訴人三木への大変な打撃となる。
また、控訴人三木は、被控訴人が本件建物の鍵の修理を怠り、むしろ修理を妨害したため、古美術品の盗難にあい、莫大な損害を被ったままである。
それに引きかえ、被控訴人は、本件共同住宅を建て替えて莫大な利益を得ようとしているのであり、住居を失う控訴人らに対し、多額の補償を支払うのでなければ、公平な解決とはいえないはずである。
これらの事情によれば、被控訴人の明渡請求には正当事由がなく、権利の濫用である。
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所も、被控訴人の請求は、原判決が認容した限度で理由があるものと判断する。その理由は、次に記載するほか、原判決の理由記載と同一であるからこれを引用する。
(控訴人らの当審における主張について)
本件共同住宅は、昭和三四年ころ建築された木造建物であって、平成一一年には、建築後約四〇年を経過している。このため、物理的な老朽化が進んでいるのみならず、経済的な効用をすでに果たしたことは明らかである。
乙七によれば、本件共同住宅に隣接するアパートには三世帯の居住者がいることが認められる。しかし、証拠(甲五、六、九、一〇、一二、一五、一六)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、本件共同住宅の敷地周辺の一団の土地を所有し、その上に本件共同住宅とその隣接するアパート及びもう一軒の建物を所有して賃貸していたこと、しかし、土地の有効利用や相続税対策から右土地上にマンションを建築することを計画したこと、そのため、もう一軒の建物については、平成八年までに明渡しが完了して建物自体を取り壊し、本件共同住宅についても、平成九年までに八戸中七戸は退去し、控訴人らのみが居住していること、隣接するアパートも八戸中五戸が退去し、三戸の居住者に対しても、被控訴人代理人が明渡しの交渉を行っていることが認められる。したがって、被控訴人が有するマンション建設計画は、ひとつずつ進展しているということができる。なお、隣接するアパートの居住者に対しても被控訴人代理人は明渡しの交渉を行っているのであり、控訴人らのみに対して明渡訴訟を提起したことが、不平等であるとはいえない。
また、乙六の一・二によれば、控訴人三木は八二歳の老齢で身体障害者三級であることが認められる。そして、仮に控訴人三木個人について控訴人らが主張するような身体の安全の問題があるとしても、本件建物が、通常の木造建物の一部にすぎないことに照らすと、本件住居でなければ安全が保てないといえるものではない。
さらに、証拠(乙一、五)によれば、平成二年六月ころ、本件建物の入口の扉の鍵が壊れ、控訴人らは管理会社にその修理を要望したが、年末まで修理してもらえなかったことが認められる。そして、その間、控訴人らは本件建物に盗難に入られたというのであるが、その事実の存否はともかくとして、控訴人らは自らは鍵の修理をせず何か月も放置していたというのであって、そのいうところの盗難の責めを被控訴人に負わすことはできない。
本件共同住宅が建築されてから四〇年を経過していること及び本件共同住宅が存する土地の地理的条件からすると、被控訴人が本件共同住宅及び隣接する建物の改築計画を持つことには十分な合理性がある。そして、控訴人らの本件建物の使用の必要性は、住居とすることに尽きている。そのような場合の立退料としては、引越料その他の移転実費と転居後の賃料と現賃料の差額の一、二年分程度の範囲内の金額が、移転のための資金の一部を補填するものとして認められるべきものである。それ以上に、高額な敷地権価格と僅かな建物価格の合計額を基に、これに一定割合を乗じて算出されるいわゆる借家権価格によって立退料を算出するのは、正当事由があり賃貸借が終了するのに、あたかも賃借権が存在するかのような前提に立って立退料を算定するもので、思考として一貫性を欠き相当ではない。被控訴人は、昭和六三年一〇月以降賃料を据え置くなどの措置を採り、また、控訴人らが本件建物より高額な賃料の住居に移転するために当面必要な資金として十分と思われる立退料二〇〇万円を提供する意思を示している。これらの賃料の据え置きと立退料の提供は、正当事由の補完たりうるのであって、被控訴人の解約申入れには正当の事由があり、解約の申入れは、その効力を生じたものというべきである。そして、被控訴人の明渡しの請求を権利の濫用ということはできない。
控訴人らの当審における主張は、採用することができない。
二 したがって、被控訴人の控訴人原田に対する請求を二〇〇万円の支払を受けるのと引換えの本件建物の明渡し及び平成一一年八月一日からの賃料相当損害金の支払の限度で、控訴人三木に対する請求を本件建物の明渡し及び右と同じ賃料相当損害金の支払の限度でそれぞれ認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官淺生重機 裁判官岩田眞 裁判官江口とし子)